キャンプ場で大学生らしき若者男女がバーベキューを楽しんでいます。
周りには多くの家族連れも見えます。
高原は初夏の爽やかな空気に包まれ、皆とても満足そうに休日を過ごしています。まるでキャンプ場の宣伝広告に描いてあるような風景です。
ところがハプニングはそうした時に起こります。
ひとりの女子が隣接のキャンプサイトにも響くほどの声を上げました。
「なにこれー。不良品よー!?」
すると仲間たちは一斉に彼女の元に集まり、その手元を覗き込みました。
目を丸くしたまま硬直してしまった女の子の手には桃の缶詰がひとつ握られているのでした。
つまり、それは現代では当然の大前提とされている簡易開口式の缶詰ではなく、前時代の絶対標準であった缶切り開口式の代物だったということです。
隣のサイトに居合わせた家族の父親が一体何事かと遠目ながらに様子を窺っていましたが、しばらくして事情を飲み込んだ彼の胸中を「まさか」の三文字がよぎりました。
思いもよらぬ衝撃でしたが、少し考え直して、今やありうる話なのかもしれないと唸ってしまったのでした。
さて若者というのは実に頼もしい存在です。
グループの中のある男子がとっさに解決策を見出しました。
テントロープの先端を地面に固定させる時に使用する鉄製のペグを使い缶蓋をこじ開けるアイデアを思いついたのです。
こうなると若者の団結力は半端ではありません。
不良品を掴まされた憤慨などはもうそっちのけ、あるいは泣いているのか喜んでいるのか判別できない奇声を上げながら、男女全員キャッキャとはしゃぎ、替わるがわるで缶詰の蓋をがんがん鳴らして小突き続けました。
若者の体力低下が懸念されるようになって久しいですが、これは事実です。
ものの五分としない内に全員があっさりとペグを投げ出しました。
結果は、親指の先ほどの穴が蓋の隅に二か所開いただけです。
それで最終的にはその穴から中のシロップだけをちょろちょろと注ぎ出し、ひとつのコップを全員で回し飲みです。
せっかくの桃缶が不良品だったことなどとうに忘れて、しかし誰もが気持ちのいい笑顔になっていました。
不良品を見つけた女の子が最後に言いました。
「こんなシロップでも、ひと汗かいた後は格別よねアハハ」
そして一同つられて「アハハハハ」
腐りゆく運命にある中身の桃たちのことはさて置いて、かの若者たちはチームワークで成し遂げた先に見えるなにかを手に入れたようです。
市井人定数[ver.21st]/缶切り:0(単位・本)
市井人定数[ver.20th]/缶切り:8(単位・本)